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2022.12.06

ウェルビーイングな社会をつくる① ~「好きなこと」をやる勇気を持とう~【後編】

【前編】はこちら

「未来を予測する最善の方法」

―先生は叡啓大学の公開講座などで社会人向けに、自分も周りも幸せになるようなアイデアを形にしたり、起業する方法なんかも教えていらっしゃいますよね。今は大人になってからでもチャレンジできるような機会がたくさんある時代ですが、やはり昔の価値観などに囚われて躊躇してしまう人も多いかと思います。一歩を踏み出すために大切なことはありますか?

自分自身が変わることができ、世の中を良い方向に変えられるという気質や特徴をもった人のことを「チェンジメーカー」や「チェンジリーダー」といっていますが、彼らにはいくつかの特徴があります。それをリスキリングとして叡啓大学の公開講座で皆さんに伝えています。前野隆司先生たちと一緒にプロボノでやっているウェルビーイング中心デザイン(well-being centered design)の「ウェルビーイングデザイン研究会」の講座もそうです。

「チェンジメーカー」と「チェンジリーダー」の特徴は大きく分けてふたつあって、ひとつは「自分で何かを実現する」という自己実現の力、もうひとつは「生涯学び続ける」ということです。自分で何かをやろうと思ったら、周りから流されてやるのではなく「自分で未来を実現するぞ」と思うスキルと考え方が持てれば自分で一歩踏み出せます。

アメリカに西海岸にある米ゼロックス社が設立したパロアルト研究所に1970年代にいた、アラン・カーティス・ケイという有名な科学者が「未来を予測する最善の方法は未来を創り出すことだ」とかつて言っていまして、私はその言葉がすごく好きです。今の時代は、どうしても受け身になり未来のことを心配していますが、自分で未来が創れるようになればそこに向かっていくことができます。自分で未来を創る、というのはデザイン思考の考え方ですが、この思考を皆さんが持ち続けられるようにすること。それから、生涯学び続けるために自分自身を開いてダイアローグ(対話)をしていくこと。対話というのは単に言葉を交わすことではなくて、他者と言葉を交わすことをきっかけに自分を内省するということです。逆にいうと、内省するから本当の対話なのであり、対話とは自分の心の中を見つめ直すことなんです。オットー・シャーマー博士のU理論にもありますが、ダウンローディング(※)をして、ガーッと自分の心に入りこんでいく。自分で自分の心の中を内省するってすごく怖いことですよね。ひとは本来、怖いので自分とは対話したくないんです。だからみんなと言葉を交わしながら、いっせーのせで内省するとそれができる。「常に自分が何かを実現しようとする力」と「自分を開いて自ら学び続け変われる力」。この二つが大事ですし、それが幸せの近道です。それが言いたくていろいろな活動をしています。

「好きなこと」をやる勇気を持つ

昔の価値観からいうと、何か好きなことをやるということに関してどこか後ろめたさがありますよね。それに好きなことだけやっていては「うまくいかないよ」と他の人から言われてきたかもしれません。でもやっぱり勇気をもって自分の好きなことを見つめる。結局は、好きなことでしか続けられないです。「好きなこと」は変わっていっても良いですが、好きなことの背景を成している自分の価値観、すなわち「何が自分にとってのコアの価値なのか?」を考え続け、そして自分も変わり続けていくことがいいと思います。

コアの価値とは、言い換えれば自分のパーパス(目的)みたいなものです。最近はパーパス経営という言葉がよく聞かれますが、会社の目的と社員のパーパスというのは本来違うものです。社会にこの会社がある意義はなんだろうか?何を実現したいのか?それは、A社ならA社、B社ならB社の目的があるはずです。でもそのA社とB社の中の社員にとっては、A社やB社の目的イコール自分の目的ではありません。「なぜこの会社にいるんだろうか?」「この会社にはもういたくない」あるいは「お給料をもらうための通過点に過ぎない」とかいろいろな考えがありますが、その会社独自のパーパスと社員さんのパーパスって普通は一致しません。ところがイノベーションの理論によると、その会社のパーパスと社員のパーパスがたまたま一致することがあって、そうなるとみんなが没入してフロー状態に入り、創造性が上がって業績も上がっていきます。みんなが実現したいのは、働きがいがあって幸せに満ちた職場です。つまり、それがパーパス経営や幸せ経営です。だから、それができるようにみんなが考えるきっかけをつくっていきたいです。

会社の寿命というのはだいたい60年だと言われます。そのぐらい経つと、ずっと続けてきたことが市場環境などと合わなくなり会社が消えていく。しかし日本には老舗企業といわれる会社が2万社以上あるといわれています。なぜ60年を超えて生き残り続けられるかというと、それは会社が変わり続けるからです。その会社のミッションも変わるしパーパスも変わる。自分たちのやっている事業も変わるし、社員も変わり続ける。法人というものを維持しながら会社のメンバーである個人が学び続けてどんどん変わっていけるので、新しい環境に適応し、あたかも新しい会社ができていくように生き残って新しい価値を創造していけるのです。海外の会社でもそうしているところはありますが、普通は会社という箱自体はミッションやパーパスがその時代の社会にそぐわなくなると、いったん閉じます。しかし日本の法人という箱は、とにかく法人の箱であり続けて、中身はぐるぐる変わっていくから生き残れるのです。会社も社員もその時代に自ら信じるパーパスのために変わり続ける。そういうふうにしていきたいですね。

―日本の会社にもいいところがたくさんあるんですね。

そうですね。ただし「大企業のように成熟した企業はイノベーションを起こせない」と言われるのは、そうやって変わることがむずかしいからなんです。変わっていくこと、新しい価値を生み出し続けていくことは、ウェルビーイングであることの源泉です。ウェルビーイングと創造性と生産性には強い相関があります。しかしそれがなかなか生み出しにくいというのは、日本の企業あるいはそこに勤めている社員さんのつらいところでしょう。私は時々「幸せ経営のすゝめ」という講演を日本各地でしていますが、それは少しでもみんなが新しく何かをつくれるようになりましょう、だから変わり続けましょうというメッセージなのです。

(近日公開予定)「ウェルビーイングな社会をつくる②~お金とテクノロジーは人を幸せにするか?~」へつづく

(※)ダウンローディング:U理論のプロセスのひとつで、過去の経験により培われた枠組みを再現すること

【広島県公立大学法人 叡啓大学】
社会を前向きに変えるチェンジ・メーカーを育てる「22世紀型大学」として、2021年に開校。全学生へのコーチングの実施、全科目を能動学習かつ日英2言語で開講するなど日本初となるプログラムやカリキュラムも多数。なかでも、学生のうちから社会のリアルな課題解決のプロセスを経験するため、企業や地方自治体、国際機関等が実際に直面している問題を扱って行う課題解決演習(PBL)は日本最大規模。https://www.eikei.ac.jp/

<左>システム思考×SDGsを体現したノベルティとして、叡啓大学がプロデュースした、学生服の残布を使ったエコバック。地元の学生服販売会社と県内の就労振興センター、障がい者支援福祉施設と協力して作られた

<中央・右>学部長室前に設置されている消毒器「emmy Wash」。噴射口に手を差し出し、中央にある鏡に笑顔を向けると、笑み(emmy)を感知して消毒液が出るしくみ

 

取材・文/小宮沢奈代

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