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2022.12.13

ウェルビーイングな社会をつくる②~お金とテクノロジーは人を幸せにするか?~

【保井 俊之先生プロフィール】
広島県公立大学法人 叡啓大学 ソーシャルシステムデザイン学部 学部長 教授 兼 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特別招聘教授

1985 年東京大学卒、財務省及び金融庁等、パリ、インド並びにワシントンDC の国際機関や在外公館等に勤務したのち、地域経済活性化支援機構常務取締役、国際開発金融機関IDBの日本ほか5か国代表理事等を歴任。慶應義塾大学大学院で2008年から教壇に立つ。2011年国際基督教大学から学術博士号。米国PMI 認定Project Management Professional。日本創造学会評議員、地域活性学会理事兼学会誌編集委員会委員長、PMI日本支部理事、ウェルビーイング学会監事、一般社団法人エミーバンク協会理事兼最幸顧問。

これからの社会がよりウェルビーイングであるために、私たち一人ひとりが、そして企業は何ができるのでしょうか?そのヒントを、2回にわたり保井俊之先生にインタビューしました。
保井先生は、叡啓大学などで学生や社会人に向けてイノベーションを起こすための学びやつながりの場を提供しているほか、多数の企業や団体とウェルビーイングを中心とした事業開発や取り組みを行うなど幅広く活躍されています。

第二回は、ウェルビーイングな社会をつくるために、企業は何ができるのかがテーマです。「お金」や「テクノロジー」は人を幸せにするものではない、といわれてきましたが、実は全く逆なのだそうです。多くの人が誤解しがちなウェルビーイングの本質と、よりよい社会をめざすために企業はどのように取り組んでいけばいいのかを伺いました。

<ウェルビーイングな社会をつくる① ~「好きなこと」をやる勇気を持とう~>はこちらから

ウェルビーイングは、もうからないからやらない?

―最近は会社の経営もそうですし、サービスやプロダクトの開発、街づくりや教育など本当にいろいろなところでウェルビーイングの概念が取り入れられてきていると感じます。ただ、会社で何かウェルビーイングなことをしようと思った時に、担当者レベルの人たちがすごくがんばって考えても、上層部にもっていくと「それはお金になるの?」という短期的な利益の話をされてそこで止まってしまう、という話をよく聞くのですが。

私は「お金になるんです」という説明を敢えてしています。ただそれは、将来時点まで含めた会社の価値と考えていくとお金になります、ということです。われわれの研究でもそうですが、幸せな社員がいる企業とそうではない企業を比べると、業績が格段に違います。社員が幸せな企業はそうでない企業と比べて、社員の創造性が3倍、生産性が16%上がるという研究結果もあります。日本の中小企業80社その従業員2,200人を対象にしたわれわれの研究でも、幸福度と売上高の二年平均に強い相関があることがわかりました。ということは、どっちがどっちという因果関係が不明確という問題はあるかもしれませんが、幸せな社員さんがいる企業は明らかに売上高が伸びているのです。それはやはり株価にも反映するはずなので、幸せであればあるほどその企業の業績が伸びる傾向がある、ということになります。企業が社会課題を解決すれば、社会はウェルビーイングになります。したがって、これを別の言葉で表しているのが、ハーバード大学経営大学院の経済学者であるマイケルポーターが提唱する有名なCSV(共有価値の創造)(※1)の概念です。

昔はそういったチャリティーや社会貢献による社会課題の解決は、例えば企業の世界貢献部門という出島のようなところがやっていて、コストセンターでお金ももうからないと言われていました。今のCSR(企業の社会的責任)(※2)という言葉がこれに当たりますが、ここ10年ぐらい「企業というものは社会課題を解決するということが本業であり、それがもうかる」という理論が出てきています。これはマイケルポーターがCSVとして提唱している概念です。

つまり何のために社会課題を解決するかというと、ウェルビーイング(幸せ)になるためであり、貧困や差別といった社会課題を少しでもなくしていく。そしてそれがその会社の本業になるということなのです。言い換えれば、ウェルビーイングというもので企業の業績が伸びる傾向にあり、それはCSVをやっているからであり、つまりそれはキャッシュフローが生まれるということなのです。当然会社の価値も上がっていきます。だから上層部に持ってウェルビーイングな事業の提案が受け入れられないというのは、ある意味その人たちが企業のこれからのビジネスのあり方の本質を見ていないからなのです。

それに、幸せでない企業は幸せな企業と比べると人が集まらないです。優秀な人を惹きつけられない企業は、やはり業績は振るわないです。そしてますます幸せな企業は、幸せでない企業を業績で追い抜かしていきます。いわゆるブラック企業は、将来時点まで含めた本来得られるべきキャッシュフローを捨てているということになります。こんなふうに上層部に説明できると良いですね。

ひと昔前までは、幸福とかウェルビーイングとか経営陣に言うと「お花畑」だなんて言わわれました。しかし考えてみたら会社の仕組み上、そう言われるのは当然といえば当然なんです。なぜかというと、経営学者のジョン・P・コッターが言っているように、世の中を変えていくチェンジリーダーの役割と、会社を経営するというマネジメントの仕事は全然違うからです。チェンジリーダーの人たちは、「北極星はこっちだよ、ウェルビーイングを実現しよう!」と北極星の読み方を教え、リソースを集めてきてみんなを支えながら歩いていく。サーバントリーダーシップ(※2)です。それに対してマネジメントは何をやるかというと、与えられた予算でちゃんと納期どおりに納品するといった管理をする。これは経営であり、チェンジリーダーとマネジメントは全然は違うものなのです。したがって、ウェルビーイングの実現ができる人というのは、チェンジリーダーの方です。社長さんや頭取さんはチェンジリーダーでは必ずしもありません。たまたま一致することはありますが、普通はそうなりません。

だから会社をウェルビーイングにしていく人たちというのは、大体経営陣ではない人から出てきます。そういった人たちが会社の中で生き残るには、社長さんとタッグを組んだり、守ってもらったり、外部の有識者から意見を言ってもらったり。戦術はたくさんありますが、こういったフラットなチェンジリーダーが出てくるような仕掛けをすることが、ウェルビーイングな会社やウェルビーイングな職場をつくる早道だと思います。

企業が社員の人たちのそういった能力を伸ばす環境をつくっていく。それはお願いしてつくってもらうのではなく、自ら環境をつくってしまう。社会学者エベレット・ロジャーズの「イノベ―ションの普及」の理論によれば、新しいことを始めるイノベーターと呼ばれる人たちは、100人のうち大体2.5人しかいません。それを支持してくれるアーリーアダプターは13.5人で、合計16人しかいない。この理論は、新しい技術を取り入れた酪農家はどのように普及してきたのかという研究を70年前に始めたところ、このように綺麗に正規分布していたという発見から始まっています。だから会社を変えていくのは社内のこの100人の中の16人の役割であって、社長さんではありません。そして、ウェルビーイングが実現できる環境にもっていくというムーブメントも引き起こすことが必要で、それをあちこちで起こす活動をしている例をこれまで日本の各地で見てきました。

100分の16の「チェンジリーダー」をつなげる

―保井先生がこれからやっていきたいことはありますか?

私は地域を回り、いろいろなワークショップや場づくりをしています。全国の地域や会社という、それぞれが小分けになり断絶している小さな箱の中にいる、100人のうちの16人のチェンジリーダーたちをつなぐプラットフォームができれば世の中変わると思っています。1人がポツンと100分の16でいるのではなく、その人たちがつながって世の中を変えていくようなモデル。これがいわゆるソーシャルインパクトといわれるものですが、そういった場づくりをこれからもやっていきたいです。世の中を変える方法論のワークショップも全国でやっていますが、それもその一環です。

あとはウェルビーイングに関する論文や記事など、科学の手続きで明らかにしたことを書いて「公知」にしていくこと。科学の力というものは大きいので、その科学の力でウェルビーイングが実現できるよ、ということを伝えていく。もうひとつは、変わりたいという人々がつながること自体がウェルビーイングですが、それを加速する装置であるアクセラレーターを大きくしていくことです。ウェルビーイングを加速できるものって、実はテクノロジーだったりします。昔はよく「技術は人を幸せにしない」なんていわれましたが、これは逆です。テクノロジーというのは実はニュートラルなもので、何かを加速する装置です。最近はポジティブ・コンピューティングという、人々がよりウェルビーイングでいられるようなコンピュータ技術のあり方という研究がされていますがこれもそうです。人工知能(AI)のようなテクノロジーの力を使って幸せなことを加速していく装置を作り、それを世の中に普及していく。そこに科学の力を使うべく、研究者として研究活動を行い、論文などもまとめて行くことをしています。

「幸せ」と「おカネ」と「テクノロジー」の関係

テクノロジーの中には「おカネ」も含まれています。おカネは人類が生み出した偉大なテクノロジーの一つです。よく「おカネは人を幸せにしない」とか「おカネで幸せは買えない」といわれますが、それはそうなんでしょう。というのは、おカネとはニュートラルなものであり、これも単なるウェルビーイングのアクセラレーター(加速器)に過ぎません。だからウェルビーイングを加速するようなおカネの仕組みをつくればいいのです。私は財務省や金融庁でおカネ関係の仕事をしていたこともあり、おカネには何の罪はないということをよく知っています。おカネをうまくウェルビーイングの加速器としてデザインしてあげれば良いんです。

数千年前は、地域には感謝を伝えるためのお金や、つながるためのお金というものがありました。例えばミクロネシアには石の通貨というものがありますが、これもそうです。どうやったらよりウェルビーイングを感じられるようなお金を設計できるか、というのも私の研究のひとつです。そのうちウェルビーイングな地域通貨みたいなものが作れたらいいと思っています。

「幸せ」は測ることができる

―テクノロジーといえば、先日あるテクノロジー系の企業の人に、例えばスマートシティのように街づくりをする時など、とにかく新しい技術を入れたがるけれど、利便性や効率だけではなく、幸せを考慮しないと本当に長く使われるものができないのではないかと思い始めています、と言われました。

国の構想でいえばスーパーシティというものがまさにそうですね。デジタル・DXとウェルビーイングが二本の柱となり、住み続けられてウェルビーイングになるようなテクノロジーの使い方をした街づくりをしましょう、という考え方です。

われわれは、前野隆司先生の地域の幸福度を測定する「地域ウェルビーイング指標」(※4)の開発に関与しました。街でみんなが幸せを感じられる概念を抽出していき、それを因子分析して10因子取り出しました。そして、その街で暮らした時の幸福度をその10の因子を使って測定します。
ウェルビーイングには、定量的に測定でき、国際的に確立した尺度があります。「ウェルビーイングサークル(Well-Being Circle)」もそうですし、主観的ウェルビーイングの測り方で一番単純なのは、「ハピネスラダー(Happiness Ladder)」や「ウェルビーイングラダー(Well-being Ladder)」と呼ばれる10段階の尺度があります。今の気持ちはどうですか?幸せですか?幸せではないですか?という質問に1から10で答えていくものです。もう少し複雑なものでは、5問の質問に答えて35点満点で何点になるかで判断する幸福学者のエド・ディーナー教授の「人生満足尺度」や、ソニア・リュボミアスキー教授が開発した「主観的幸福尺度(Subjective Happiness Scale)」などもあります。
例えば、街に住む人の幸福度を調べる場合には、まず、一般的な幸福度を聞くために「人生満足尺度」や「前野幸福四因子」などを使って主観的幸福度を測り、そして今度は街に暮らした時にどういうものが幸せになるかを「地域ウェルビーイング指標」を使って聞いていくなどのようにしていきます。これらの幸福度指標はさまざまな場面に適用可能なので、異時点間や異なる場所を比べた比較や対照ができるのです。

―先生は普段から企業や自治体といった方たちと一緒にいろいろな取り組みをされているので、すごくリアリティがありますね。

それはウェルビーイング研究がやはり実学だということでしょう。医学や工学も実用の学であり科学ではあり、抽象的なものを抽象的概念としてのみ理解・分析する学問領域ではないですよね。医学であれば、その学問の究極の目的は病んでいる人を治すことだし、工学だったら形あるものや形のないものを世に送り出すことが目的である学問です。われわれがやっているのは広い意味での工学です。つまりウェルビーイングというものをつくり出す、デザインするというエンジニアリング(工学)なんです。

ウェルビーイングをエンジニアリングする方法はいくつかありますが、私が使っているのはデザイン思考やシステム思考というシステムを用いたエンジニアリングの方法論です。そういう意味では、これは「システムズエンジニアリング」といえます。叡啓大学の唯一の学部の名前である「ソーシャルシステムデザイン」とは、世界を前向きに変えウェルビーイングを社会に届けるための工学という意味です。このような実学は実践知が大事ですから、叡啓大学が日本最大規模で実施している課題解決演習(PBL)を中心に、講義もいろいろな企業さん等と対話しながら進めています。叡啓大学は知識を勉強するというだけの大学ではなく、学生の将来にわたっての「伸びしろ」すなわちコンピテンシーを伸ばし、チェンジリーダーを育てる22世紀に向けた大学なんです。叡啓大学の学生は、大学卒業後も生涯学び続けるわけですからね。

(※1)Creating Shared Value(共有価値の創造):企業による経済利益活動と社会的価値の創出( = 社会課題の解決)を両立させること、およびそのための経営戦略のフレームワーク
(※2)CSR(企業の社会的責任):企業が倫理的観点から事業活動を通じて、自主的(ボランタリー)に社会に貢献する責任
(※3)サーバントリーダーシップ:Greenleaf Center for Servant Leadership創始者のロバート・グリーンリーフが1970年に提唱した「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」というリーダーシップ哲学
(※4)地域ウェルビーイング指標:スーパーシティ構想の一環として、2022年に市民の幸福感を高めるまちづくりの指標のひとつとして、前野隆司慶應大学教授らのチームか開発した指標。「街の躍動感」「街との適合性」など10因子からなる。

保井先生が理事兼最幸顧問を務める<一般社団法人エミーバンク協会>
エミーバンク協会は、「笑顔」がウェルビーイングすなわち心の幸せの代理変数である前提のもと、中期アウトカムとして、「社会を”笑顔”で元気にする。」というゴールを設定し、笑顔の価値にもとづく関係人口の向上が、この実現に寄与するであろうとの仮説を置き、「笑顔とおカネの循環経済の両立」を目指す活動を行っている。
その活動の一つがemmyWash事業である。前回の記事で紹介した、笑顔を検知して除菌液を出すポット状の社会装置「emmyWash」を通じて貯まった笑顔を、1笑顔(=1利用回数)につき、1emmy としてカウントし、全国で10万回の笑顔、すなわち10万emmy貯まるごとに、emmyWash1台(+除菌液12本)をエミーギフトとして教育機関などに贈っている。また、emmyWashを通じて生まれた売上の一部は教育機関などへのemmyWash無償設置や笑顔づくりと感染症予防の社会課題を解決する活動に寄与している。https://www.emmybank.com/

 

取材・文/小宮沢奈代

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